大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4673号 判決

原告 西垣重俊 外一名

被告 渡辺公平

一、主  文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

本件について、昭和二十六年八月七日なした強制執行停止決定は、これを取り消す。

前項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告が原告等に対する東京法務局所属公証人大沢光吉作成第十七万八千百二十五号金銭消費貸借公正証書の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、請求の原因として、被告は昭和二十六年七月十日請求の趣旨記載の公正証書の執行力ある正本に基いて、原告等の居宅において原告重俊所有の動産の差押をした。然しながら、右強制執行は次の理由で許さるべきものではない。

(1)  原告等は右公正証書の作成を依頼したことはない。その謄本の記載によれば、原告等は訴外津田義包を代理人として、公正証書の作成を委任したようになつているが、同訴外人にそのような委任をしたことはない。

もつとも原告等は被告から消費貸借契約を締結するについて必要であるとの申出により、被告に委任状と印鑑証明書を交付したことはあるけれども、これを公正証書の作成に使用することを承諾したことはない。

(2)  右公正証書の謄本には、原告重俊は主債務者、原告ゆきはその保証人となつて、被告から昭和二十六年六月十三日金十万円を弁済期同月三十日の約定で借り受けた旨の記載があるけれども、原告等はそのような金を借り受けたことはなく、且つ金銭の授受はないから消費貸借契約は無効である。

以上の理由により右公正証書の執行力の排除を求めるため、本訴に及んだと述べ、被告の主張事実に対し、原告重俊が被告から金二万円と金一万円の借受契約並に同原告の妻原告ゆきの弟谷崎志津雄の八千円の債務について保証したことはあるけれども、右二万円と一万円については、それぞれ利息等の名義で三割を天引せられ一万四千円と七千円を受け取つたに過ぎない。その余の被告主張事実は認めないと述べた。<立証省略>

被告は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中被告が原告主張の公正証書の執行力ある正本に基いてその主張の通り強制執行をしたことは認めるが、その余の事実は認めない。右公正証書が作成せられるに至つた経緯は次の通りである。即ち被告は原告重俊に対して昭和二十五年九月十二日金二万円を弁済期同年同月三十日、同月三十日金一万円を弁済期同年十月三十一日利息並に遅延損害金各月一割五分の約定で貸与し、右金額の現金を交付し、改めて利息、調査料等として前者について二千九百円、後者について二千五百円の支払(利息は前払)を受け、なお被告は原告重俊の妻原告ゆきの弟訴外谷崎志津雄に対して同年八月一日金五千円同年九月一日金三千円を弁済期各貸与月の月末、利息月一割五分の約束で貸与し、原告重俊はその連帯保証人となつた。然るに原告重俊は被告の催促に拘らず何等の支払をしないので、昭和二十六年六月十二日被告は原告重俊と協議の上同原告に対する三万円の貸金と八千円の保証債務を合せて元金三万八千円の債務とし、これに同日迄の同率の遅延損害金を合算して十万円と定め、被告はその支払を受けるため、金十万円を利息月一割五分、弁済期同月三十日の約定で原告重俊に貸与し、同原告は原告ゆきの代理人として原告ゆきにおいてその債務の保証人となり、被告は原告重俊に現金十万円を交付し、同原告は紙幣を勘定してこれを受け取り、改めて右十万円の債務の弁済として被告に支払つたのである。その際原告重俊(原告ゆきの代理人としての資格を兼ねて)はその旨の借用証書(乙第三乃至第五号証)を被告に差し入れ、なお同趣旨の金銭消費貸借公正証書の作成方を訴外津田義包に委任する旨の委任状と印鑑証明書を被告に交付したので、被告はこれに基いて原告主張の公正証書を作成させるに至つたのである。従つて被告は原告等に対して十万円の貸金債権を有し、且つ公正証書は適法に作成せられたものであるから原告等の請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

被告が原告主張の公正証書の執行力ある正本に基いて強制執行をしたこと並に右公正証書に原告主張通りの消費貸借が成立した旨の記載あることは当事者間に争がない。

よつて右公正証書が原告等の委任に基いて作成せられたものであるかどうかの点並に右公正証書に表示の債権関係の存否の点を判断する。

連帯借用証書並に誓約証書(乙第三号証)借用金領収証(同第四号証)念書(同第五号証)の各借用人(債務者)連帯保証人欄の原告両名の署名捺印が正しく作成せられたものであることは、原告等の認めるところであるので、反証のない限り署名者において右各記載内容を諒知して署名捺印したものと推認すべきところ、原告重俊本人はその記載内容を知らずに署名したと供述するけれども、この供述は措信するに足りない。従つて正しく作成せられたものと認むべき右乙第三乃至五号証の各記載と被告本人の供述を総合すれば、被告は原告重俊に対して昭和二十五年九月十二日金二万円を弁済期同月末日、同月三十日金一万円を弁済期翌月の月末とし、利息各月一割五分の約定で貸与し、なお同年八月一日金五千円、同年九月一日金三千円を弁済期貸与月の月末とし、利息各月一割五分の約定で原告重俊の妻原告ゆきの弟谷崎志津雄に貸与し、原告重俊においてその連帯保証をしたが、右貸金に対して何等の支払がなかつたので、昭和二十六年六月十二日被告は原告重俊と協議の上、同原告の右保証債務を主債務に改め、これと右三万円の貸金並に同日迄の月一割五分の割合の遅延損害金を合算すれば八万円余となり、又遅延損害金を元金に組入れて複利計算とすれば十二万円余となるので、これを十万円と定めることとしその支払をするため、原告重俊に対して金十万円を利息月一割五分、弁済期同月三十日の約定で貸与し、同原告は原告ゆきの代理人として、その債務の連帯保証人となつたこと、被告はその際原告重俊に現金十万円を交付し同原告はこれを勘定して受け取り、改めて右十万円の債務の弁済として被告にこれを交付したこと並にその際原告重俊は原告ゆきの代理人としての資格を兼ねて右の消費貸借を公正証書にすることを承諾し、その作成方を津田義包に委任する旨の委任状を作成し、これと印鑑証明書を被告に交付したので翌十三日津田は原告等の代理人となり、その依頼に基いて原告主張の公正証書が作成せられるに至つたことを認めることができる。右認定に反する原告重俊本人の供述は到底信用するに足りない。

然らば本件公正証書が原告等の委任に基かないで作成せられた旨の原告の主張は理由がない。

次に右認定事実によれば、被告は原告重俊に対する元金三万八千円の債権とこれに対する月一割五分の割合の遅延損害金(一部は複利計算となつている)の支払を受けるため十万円を貸与したもので、現金は一応授受せられたとはいえ、その場で再び被告の回収するところとなつたので、原告重俊にとつては、十万円の授受の単なる形式に止まり、消費貸借が要物契約である趣旨の要物性を欠いているように見えないことはない。

然しながら消費貸借において、債務者が借受金員を如何なる用途に使用するために貸借契約を結ぶに至つたかということは契約締結の動機に過ぎないものであるから、その動機が消費貸借契約と結びついて法律の許さない不法性を帯び又は公序良俗に反する事項を目的とすることになり、無効の原因を与える場合を除き、原則として消費貸借自体には影響ないものといわなければならない。

本件についてこれを見るに、三万八千円を貸与した者が半年余の後遅延損害金を加算して十万円の債権ありと主張し債務者に臨むが如きは一応不当の要求たるを免れないけれども、原告重俊が製本業を営む商人であつて、営業資金調達のため前記三万円を借り受けたものであることは同原告本人の供述によつて明かであるので、商人が月一割五分の利息の約定で金員を借り受け、その支払のため更に金借する場合には、当初の借受金に対し同率の遅延損害金が加算せられた一事を以つて、後の消費貸借を目して法律の許さない不法性を帯び又は公序良俗に反するものと速断することはできない。

もつとも当初の三万円の貸借に当り被告が利息制限法違反の高利の利息の前払、調査料等の名義の支払を受けて天引同様の措置に出ていることは被告本人の供述で認められるから、その消費貸借の有効な元金及びその遅延損害金の数額並に遅延損害金の率の適否について問題を生じ被告主張の数額との違算、従つて十万円の支払について非債弁済等の問題の生ずる余地は残るであろう。然しながらこの問題は本件訴訟とは別個の事柄であるこというをまたない。

以上の次第で本件公正証書に表示の貸借関係の不成立又は無効を理由とする原告の請求も失当である。

よつて原告等の請求を棄却し、訴訟費用の負担と強制執行停止決定の取消並にその仮執行の宣言について民事訴訟法第八十九条、第九十三条、第五百四十八条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 西川美数)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!